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2014年08月13日 スタッフブログ
10月4日 采女祭  ~福島県郡山市に伝わる采女の消息~

10月4日 采女祭  ~福島県郡山市に伝わる采女の消息~

猿沢池に身を投げ、命を絶った美しい采女。
采女の出身地とされる福島県郡山市には、少し違った話が伝わります。
それは、「采女は猿沢池に身を投げたように見せかけて、故郷に帰った」というもの。
采女は生きていたのでしょうか?
その後、どうなったのでしょうか?
『安積采女の伝説』に注目してみましょう。

今からおよそ千余年前、奈良の都から葛城王という方が、陸奥の国安積の里と呼ばれた地に訪れました。
里人は王を懸命にもてなしましたが、王は機嫌が悪くなるばかり。
そこで国司は美人で評判の春姫を召し出しました。
春姫は心から王をもてなし、歌を献じました。
   安積山影さえ見ゆる
    山の井の 浅き心を我が思わなくに 
           (陸奥国前采女 万葉集)
王はことのほかお喜びになり、春姫を帝の”采女”として召し出すよう申し渡しました。
春姫は里人の窮状を救うため、奈良の都へのぼりましたが、日に日にふるさとへの想いはつのるばかり…。
ある日、猿沢の池のほとりで月見の宴が聞かれたとき、春姫は宴席を離れ、柳の木に衣を着せかけ、池に身を投げたように見せかけて、一路安積の里をめざし逃げ帰りました。
ようやくの思いで里にたどり着いた春姫は、都からの後難を恐れた里人の冷やかなまなざしと、困惑した顔に生きる望みも失い、山の井の清水に身を投げてこの世を果てたといいます。
(郡山市観光協会 山の井公園の説明板より抜粋)


また、「采女は猿沢池では死なず、故郷の許嫁のもとに帰ったが、彼が既に亡くなっていたため、悲嘆のあまり後を追った」という説もあります。
いずれにせよ、采女は亡くなってしまったのでしょうか。
あまりに悲しいお話です。

現在、郡山市と奈良市は、采女伝説を縁に姉妹都市となっています。
中秋の名月の日にに行われる「采女祭」では、郡山市から「ミスうねめ」が参加されます。
両市のかけはしになってくれた采女。
いまも文化や都市の成り立ちの中に、鮮やかに生き続けているといえるでしょう。

10月4日 采女祭  ~福島県郡山市に伝わる采女の消息~

※写真は、ホテルアジール・奈良が2013年に企画した写真コンテスト「古都フォトコンテスト」にお寄せいただきました作品です。
撮影シーンは采女祭とは直接かかわりがありませんが、活き活きとした乙女の表情が素晴らしいので、掲載させていただきました。

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